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                恋人達は、白き愛馬に共に乗り、砂漠へと踏み出した。 
										「どこへ…?」 
										「砂漠へ。約束がある」 
										 と、ルイは答える。 
										 ナギは、まだ一度も砂漠に足を踏み入れたことはないが、その恐ろしさを想像し眉をひそめた。 
										 が、現実の砂漠は、ナギの想像のさらに百倍の恐怖に満ちている。 
										 ルイは、怯える恋人を安心させるために優しく言い聞かせた。 
										「案ずるな、砂漠は俺の庭だ。俺を鍛えてくれた母だ」 
										 ナギの身体を自分のマントにすっぽりとくるみ、自らは半裸の身体をさらしたまま、ルイは生まれ育った不毛の地へと歩み出した。 
										 
										 オアシス都市〈緑の聖地〉まで、2日の道のりである。 
										(慣れぬ供を連れているから、少々無理をしないと、部族会議に間に合わんな。寝る時間を減らすしかない) 
										 と、ルイは、怒り狂っているだろう光輝の顔を思った。 
										(その分、別な楽しみもあるが) 
										 とも、思った。 
										 
										 ルイは気まぐれに、もはや己がものとなったナギの身体を、自由に動くこともかなわぬ揺れる馬上で確かめた。 
										 そんな時、ナギは馬の鬣にしがみつき、小走りの馬の足どりが生み出す緩やかな動きに身をまかせながら、身の内で蠢くモノの刺激にかなりの時間堪えなければならなかった。 
										 ルイは、恋人の甘やかなすすり泣きを聞きながら大いに満足した。 
										 
										 だが、2人も背に乗せ、さらに妖しげな行為の褥代わりにされている馬はとぉーっても不満げだった。 
										(どーでもいいけど、私の上で何をしてるのよ〜!) 
										 
										 ルイの不埒な所行と、馬の文句は、オアシスにたどりつくまでの2日の間中続けられた。 
										 そうして、ルイはナギを、自分だけを受け入れる器へと見事に作り替えたのだ。 
										 
										       ◆◆◆ 
										 
										 相も変わらず棕櫚の木陰に立ち、光輝と蘭月は、砂漠の彼方を見やっていた。 
										 ふと、砂丘の向こうに砂煙が上がったのが見えた。 
										「ルイか?」 
										 光輝が叫び、駆け出した。 
										 だが、葦毛の馬に跨った男は全身黒づくめで、遠目にさえもルイでないと見て取れた。 
										「砂漠の連中か…?」 
										 だが、近づいてきた男は、そのどちらでもなかった。 
										 
										「氷雨……」 
										 光輝は、呆然と馬上の男を見やる。 
										 背中まで届く黒い長髪、黒い瞳。 
										 一見〈砂漠の民〉に見える男は、だが、〈北〉の族長の1人だった。 
										〈黒〉と呼ばれる彼らの部族は、砂漠と隣接して生きている。 
										 ゆえに族長は、砂漠で生きる術と〈北〉で生きる術の両方を知らねば務まらない。 
										 13歳の時から〈黒〉の長老の元で次代の族長になるための訓練を受けてきた氷雨は、19歳の若さに拘わらず堂々と〈黒〉の部族を率いている。 
										 寡黙を通り越して無言に近いほど、声を発することのない男だ。 
										「お前は欠席かと思ったぜ」 
										 イヤミたっぷりに光輝は言った。 
										 
										  光輝の部族と氷雨の部族は、何故か伝統的に仲が悪かった。 
										 2年前、光輝と氷雨がほぼ同時に族長を継いでからというもの、その関係は悪化の一途をたどっている。 
										 名は部族の性質を象徴する。 
										 光輝の一族は、光ある世界へと民を導くことを理想とする。 
										 だが、常に砂漠と接している氷雨の一族は、遙かな夢より今を生きていくための一滴の水を尊ぶ。 
										〈理想〉と〈現実〉。 
										 彼らの主義が対立するのは当然とも言えるのだが。 
										 それ以上に2人には、決して相容れない問題があった。 
										  
										 なんと氷雨は、未だ童貞という操の堅い男だったのだ。 
										 もちろんそれは、女相手にも男相手にもという意味である。 
										 つまり、童貞であるだけでなく、後ろの門も処女なわけだ。 
										 当然〈北〉で一番の遊び人と称される、前も後ろも全開状態の光輝と馬が合うはずもなく。 
										 過去の族長会議でも、2人の意見が一致したことは一度としてない。 
										 
										「お前は、どっちにつく?」 
										 答えはないとわかっても、訊いてみる。 
										「…………」 
										 案の定、氷雨の唇は動かない。 
										「またお得意の黙りか〜」 
										 プイッと光輝が視線を逸らした瞬間、突然、氷雨の口が息をする以外の目的のために開かれた。 
										「鍵は〈ハヤブサ〉……」 
										 低い声でそれだけ言うと、氷雨は再び口を閉ざし、手綱を操って去っていってしまった。 
										 その後ろ姿を唖然と見送りながら、 
										「すげぇ〜。あいつの声聞いたの、半年ぶりぐらいだぜ」 
										 と、光輝は妙なところで感心してる。 
										 が、蘭月は納得がいかない。 
										「鍵は〈ハヤブサ〉…? 伊佐の率いている夜盗のことか?」 
										 
										〈砂漠の民〉の中に、自らを〈ハヤブサ〉と名乗る一派がいる。 
										 伊佐という男を中心に、部族を越え、血気盛んな若者達だけで組織された盗賊集団で、過去に何度も〈北〉との国境を越えて村々を襲い略奪を繰り返してきた。 
										 そのたびに陣頭に立って戦ったのは、ルイだった。 
										 神出鬼没と恐れられた彼らをして、〈ハヤブサ〉よりも砂漠を知った男と言わしめたルイは、その名誉の代償に当然として恨みを買った。 
										 
										「チッ…! 確かに連中が鍵だ。絶対こっちにつくはずはねー。砂漠の中でも一番の強硬派だ」 
										 と、光輝は吐き捨てる。 
										「いっぺんルイんとこと全面衝突やらかしてる。そん時の戦いで、伊佐は従兄弟か何かを死なせてるはずだ。砂漠の連中で復讐相手に票を投じるヤツはいねーよ」 
										「だな」 
										「確かなところはわからねーが、砂漠の族長の半数は何らかの形で〈ハヤブサ〉に属してるってーから、その分の票はすべてミノスに流れると思って間違いねーだろう」 
										「ああ……」 
										 では何故、氷雨は、わざわざ〈ハヤブサ〉の名を上げた? 
										 と、蘭月は訝る。 
										 連中が反対に回ることなど子供でもわかる。 
										 あの氷雨が半年ぶりに発した言葉が、そんな無意味なことであるはずがない。 
										 必要だから言ったのだ。 
										 大事なことだから言葉にしたのだ。 
										〈砂漠の民〉と最も近しい氷雨だからこそ、自分達が知り得ない情報をつかんでいるのかもしれない。 
										 もしかしたら、〈ハヤブサ〉の中に造反者でも出るのだろうか? 
										(族長会議は意外に面白いものになるかもしれないな) 
										 蘭月は、期待に胸を躍らせた。 
										 
										 でも、一方で氷雨が、ただのカッコつけのバカだったらどうしようとも、ちょっと思った。 
										 
										                                   to be continued 
               
             
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